冷え性の人は基礎体温が低下している傾向にあるブログ:2023-02-04
もう30年も前のことである。
大学の卒業を目前にした二月、
卒論の提出も終わって時間があったわしに、
バイトが急にやめてしまって、
次がみつかるまでの間でいいからと言われて
引き受けたアルバイトだった。
その店は、
マスター一人、アルバイト一人の小さな喫茶店だった。
勤め始めて7日間ほど経ったころの寒い夕方だった。
客も途切れ、暗くなり始めた町を行く人もまばらで、
「そろそろ閉めようか」とマスターが言ったとき、
店の表に親子連れが立った。
客は、二人の子どもの手を引いた女の人で、
背中のねんねこにも赤ん坊が眠っていた。
どこか近在の村から出かけてきたお母さんと子どもであったろう、
腹がすいたと子どもにせがまれて
通りかかったこの店に入ってきたのかもしれない。
わしは水の入ったコップとおしぼりをテーブルに運び、
注文を聞くと、
お母さんは表のショーケースを指差すようにして、
「あの赤いうどんを下さい」と言った。
赤いうどん?
わしは一瞬とまどったが、
イタリアンスパゲティだとわかり、
「三つですか?」と聞くと、「ひとつでいいです」と言う。
マスターは
わしが注文を伝えた時にはすでに調理にかかっていたが、
できあがった一皿は、いつもより分量が多めだった。
取り皿にお箸を添えて運んだ。
子ども達はくちの周りを赤くして無心に食べている。
お母さんは下の子どもに食べさせてやっていたが、
自分は一筋もくちにしなかったようだった。
親子連れが帰った後、
マスターはひとこと「赤いうどんか…」とつぶやき、
「さあ、もう閉めよう」とあたりを片付け始めた。
それから間もなくわしはその店を辞めたが、
そのお母さんと子どものことは長く心に残った。